週末になると、自然の多いところに足が向きます。
普段はずっとパソコンの前にいるので、週末くらいは土や葉っぱの近くにいたくなるんですよね。
2014年の記録です。
千葉に住んでいる親戚の家に遊びに行ったとき、畑をやっているから収穫していく?という話になりました。
もちろん行きます。
畑に入るだけで、空気が少し変わります。
乾いた土の匂いがして、足元が少しやわらかい。
庭とも公園とも違う、食べものが育っている場所の匂いです。
千葉の畑に、野菜が自由に育っていました

畑では、野菜たちがなんだか自由に育っていました。
手前にネギ。
奥に葉物。
土の色が濃くて、畝の線が気持ちいい。
きっちり整えられた観光農園ではなく、親戚の暮らしの中にある畑です。
こういう場所は、見ているだけで少し落ち着きます。
親戚の畑は、農薬を使わずに育てているとのことでした。
だから葉っぱの上にも、土の中にも、虫がいます。
それも含めて畑。
普段スーパーで見る野菜は、もうきれいに洗われて袋に入っています。
でも、畑にある野菜はまだ土の中にいて、葉っぱも根っこも、そのままの姿です。
当たり前なのですが、その当たり前をたまに見ると、けっこう新鮮です。
葉っぱの上をテントウムシが歩いていました

葉っぱの上に、テントウムシがいました。
赤い背中が、緑の葉の上でよく目立ちます。
テントウムシだけではありません。
ネギを掘って抜いていると、ダンゴムシやミミズも出てきます。
東京の暮らしだと、ミミズを見て「あ、久しぶり」と思うことがあります。
土の中にミミズがいる。
葉の上に虫がいる。
そういう場所で野菜が育っている。
なんだか、あったかい気持ちになりました。
虫が苦手な人には、もちろん大変かもしれません。
でも僕は、葉っぱの上を歩いている虫たちが、少し楽しそうに見えました。
春菊、大根、里芋、ネギ。泥だらけで収穫する

春菊を摘んで、大根を引っこ抜いて、里芋を掘って。
ネギも抜きます。
文章にすると簡単ですが、実際にはけっこう土がつきます。
手も靴も汚れます。
いい感じに泥だらけです。
畑には他にも、ニラ、キャベツ、ほうれん草、菜っ葉などがありました。
道の端に生えている雑草に見えるものを、親戚のおばさんが引っこ抜いたらエシャロットだったり。
こういうところが畑の面白いところです。
知っている人には野菜に見えて、知らない僕には雑草に見える。
「これも食べられるよ」と言われるたびに、へえ、と声が出ます。
食べものって、知らないだけで足元にあるのだなと思います。
泥を落として、採れた野菜が食卓に並ぶ

収穫した野菜は、親戚の家で洗いました。
半分以上は泥をつけたままにして、持ち帰ることに。
そのほうが野菜が長持ちするそうです。
なるほど。
きれいにすることだけが正解ではないのですね。
その日の食卓には、採れた野菜が並びました。
葉物のおかず、ネギ、汁物。
ごはんの横に、さっきまで畑にあったものがある。
それだけで、少しうれしい。
野菜の味を細かく語れるほど、当時の自分に知識はありません。
でも、泥を落として、切って、火を入れて、食べる。
その流れごと、うまい。
畑に行くと、庭の見方が少し変わります
このときはまだ、自分の庭で野菜を育てる暮らしをそこまで具体的には考えていませんでした。
でも、畑で土に触れて、野菜を抜いて、虫を見て、食卓まで戻ってくる。
その一連の流れは、あとからじわじわ効いてきた気がします。
今、自分の庭でレイズドベッドを作ったり、梅干しや味噌を仕込んだりしているのも、どこかでこういう体験とつながっているのかもしれません。
大きなことではありません。
ただ、土に触れる。
食べものが育っている場所を見る。
手を汚して、持ち帰って、食べる。
それだけで、普段の食卓の見え方が少し変わります。
まあ、泥は落とすのが大変ですけどね(笑)
でも、そういうところも含めて畑です。
次に読むフィールドノート
庭で野菜を育てる流れでは、カインズのアゼ楽ガードで作ったレイズドベッドの記事も近いです。
手を動かして、仕込んで、待つ食べものとしては、地区センターで味噌作りをした記録もつながります。